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​担当者:森田 秋子・山本 総

連絡先:E-mail cbaninchikanren@gmail.com

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CBA日記

3年次研修のこと

当院では、リハビリテーション部門全体でPT・OT・ST共通研修を実施している。PT・OT・STに分かれた部門別研修は専門性向上を目的として行うが、共通研修はチームアプローチや連携力向上のため、と考えてきた。今年の3年次研修を終え、共通研修の意味について改めて考える機会となったので、振り返ってみたい。 共通研修は年次別に行い、年次の特徴を踏まえ必要な内容を取り入れて企画している。3年次スタッフには、毎年「専門性と連携を考える」をテーマに、ディスカッション主体の研修を行う。入職時、右も左をわからなかったセラピスト達も、3年目になるとだいぶしっかりしてくる。担当も普通に持てるし、カンファレンスで医師や多職種ともやり取りできる。3年次終了時に「一人前」として自立することを目標としており、その時期を目前に、己の専門性を振り返りながら、他職種連携の在り方を考えてもらうことが目的である。 前半は、PT・OT・STに分かれて職種別にディスカッションを行い、後半は職種混合のグループで連携について話し合う。同職種同士、まず徹底的に専門性に向き合うことを求める。当院は、セラピストは病棟配置で、病院をあげて相互乗り入れ型チームアプローチを推進しているため、どちらかというと専門性より連携に比重が傾く傾向がある。3年目にもなるとそれぞれのリハはある程度できるようになっていて、自分に対し「こんなもんでいいかな」という気持ちも芽生えてくる。自分たちの専門性はそんなに浅いものではないことを思い出し、「まだまだこんなもんではだめ」ということに気がついてもらうことも、この研修の大きな目的である。最後の講評で、部門主

牧迫飛雄馬氏、鵜飼リハビリテーション病院で講演

牧迫飛雄馬氏の名は、理学療法士であれば聞いたことのある人も多いと思う。30代でありながら、多数の英文和文の論文を発表し、著書多数、そして昨年の日本理学療法学術大会最優秀賞をはじめとする、多数の受賞歴がある。今、油の乗り切ったリハビリテーション研究者だ。そのため、当然ながら精力的に活動され、多忙を極めているというのに、つい気軽にいろいろ頼みごとをしてしまう。「申し訳ない」と思うのは後の祭りで、いつもみんなの顰蹙を買う。 彼は、私が6年務めた国際医療福祉大学理学療法学科3期卒業生で、卒後すぐに同学修士課程に進学された。私が就職した年に修士課程を卒業し入れ違いで東京の職場へ移られたため、同じ職場で働いたことはないが、共通の友人も多く、いつの間にか親しくさせていただいている。このたびも、鵜飼リハビリテーション病院で「身近な気づきを研究につなげる」というテーマで講演をお願いしたところ、快くお引き受けいただいた。彼は、このテーマでの講演が得意である。また研究者としての彼の真骨頂も、そこにあると感じている。 研究とは、研究所や大学の中にあるのではなく、日々患者さんと向き合う臨床現場の中になくてはならない。現場にいる私たちは、日々の臨床の中のふとした疑問、気づき、こうじゃないかという思いを、手続きに沿って形にし、証明していく、それが研究だ。牧迫さんは、そういうメッセージを発信してくれる。自分の力だけでは、疑問や気づきを研究のレベルに昇華させることができず、もがいている現場の臨床家のために、どうしたら研究になるか、というすべを垣間見せてくれる。失ってはならないスタンスを示してくれる。そして、一歩

“しばらない医療”への取り組み

ご縁があり、森田秋子先生に臨床指導に来ていただきました。現場で直接、患者さまの評価・アプローチのご指導をいただいた後、多職種でのケースカンファレンスを行ったのですが、臨床を通して障害の捉え方や考え方、チームアプローチの実践方法を学ぶことができました。またご指導していただいた内容は、当院での職員教育の大きな柱となりました 森田先生のご指導を機に“しばらない医療”への取り組みを病院全体で力を入れて進めています。これは、森田先生が患者さまのインテーク面接を行っている際、以前の入院の記憶も曖昧な重度の認知症の患者さまが、「(ミトンで)縛られるので看護師さんが部屋に来るのが怖かった。」と話され、抑制に対する恐怖が鮮明に残っているのを目の当たりにして、その心の傷の深さにスタッフ全員が驚き、事の重大さに気付いたからです。森田先生のインテーク面接によって患者さまの隠れていた心に触れることが出来ました。 そもそも身体拘束は基本的人権や人間の尊厳を守ることを妨げる行為であることが問題とされています。最近の介護施設では行わないよう指導が進められていますが、多くの医療機関では依然として安全上やむを得ない行為とされているのが実情です。当院でも今回のような多職種が現場で患者さまの言葉の重みを感じるという機会がなければ、この問題への取り組みは遅くなっていたと思います。 その後、院長より病院全体の朝礼で身体拘束に対する病院の指針が示され、看護部長とリハ課長からも組織全体としての対応を踏まえた各部署での取り組みについて話がありました。その中で看護部長は、「今回の事例を通して、身体拘束が患者さまの身体だけでなく、

千葉県回復期リハビリテーション連携の会ST部門勉強会に行ってきました

千葉県回復期リハビリテーション連携の会ST部門勉強会に招いていただいた。船橋市立リハビリテーション病院のSTチーフの高野麻美さんは、日本言語聴覚士協会理事で医療保険部長であるが、今年は連携の会のST部門の代表でもあり、地域回復期STの勉強会を企画してくださった。約30名の千葉県の回復期STが一堂に会した機会に、効率的で効果的な勉強会としなければ、と気を引き締めて出かけたが、結論から言うと初めて行った年次別ディスカッションが大変盛り上がり、議論の結果は私にとっても大きな学びとさせていただいた。全員参加の有意義な勉強会になったと感じている。 講義は、5月に日本言語聴覚士協会が開催した「回復期ST実務者講習会」の際に、「患者の全体像をとらえる」というタイトルで私が話をさせていただいた講義を軸に行った。回復期リハ病棟のSTは、チームの中のパーツになってしまいやすい。専門性が明確で、パーツであっても重要な役割である。しかし、患者さんの全体像やチーの流れを理解していれば、より適切に情報発信していくことができる。専門性を持ちながら全体をとらえ、多職種連携できる力をつけよう、というのが講義の目標だ。 まずは冒頭で、回復期リハ病棟協会のPOS委員会で作成した「セラピスト10か条」と、今年度作成中の各職種の5か条を紹介した。「回復期ST5か条」は、STの専門領域である「食べる」「話す・聞く」を軸にしながら、機能、能力、参加・QOLをとらえていくことを提案している。そのあと、患者の全体像を描くために必要な、疾病、画像、現病歴、リスク、運動障害、認知障害、ADL、生活情報、予後予測と退院先、長期的見通

神奈川県臨床作業療法大会に参加しました

第2回神奈川県臨床作業療法大会の、「多職種連携、高次脳機能障害の症例を通して-先輩たちからの提言」というシンポジウムに、STのシンポジストとして招いていただいた。高次脳機能障害をめぐり、OTとSTのシンポジストによるディスカッションを行うという、意欲的なテーマを設定してくださった遠藤陵晃大会長、そしてOTのシンポジストとして質高く、そしてSTとの連携について協調的な発言をしてくださった早川裕子先生に深く感謝したい。 90分のシンポジウムは、はじめにOT、STのシンポジストから、高次脳機能障害をみる視点について提言を行ったあと、若手のOTによる事例発表があり、事例検討を軸にディスカッションを行う、という形で行われた。早川裕子先生は、「高次脳機能障害マエストロシリーズ」の著者であり、高次脳機能障害に精通したベテランの作業療法士である。今回はじめてお会いしたが、気さくで穏やかでそれでいて論法鋭い理論家であり、全体としてはOTらしい行動と生活を軸にした患者さんの見方が貫かれていらっしゃる、とても素敵な方だった。私が平均的な言語聴覚士ではないので、聞いている方たちがOTの視点とSTの視点の違い、というような理解にはつながらなかったと思うが、早川先生と私が事例を通じて語り合う様子を見ていただいたことは(OTとSTというよりは、急性期セラピストと回復期セラピストというような立ち位置での発言になったが)、多職種連携の観点からもよかったのではないかと思う。 さて、高次脳機能障害をめぐる作業療法士と言語聴覚士の連携は、長年関心を持ってきたテーマである。最近の若者たちは、ぶつかり合うということは少な

凄惨な事件に思う

凄惨でむごたらしい事件が起きやりきれないが、何もできないので、せめて思っていることを書くことにする。 相模原の重度身体障害者施設でおきた大量の殺人事件は、容疑者について不明な点が多く、その真相はもう少し捜査が進むのを待たなければならないが、容疑者が口にしたヒットラーの優性思想、障害者の生きている意味、という語に対して、さまざまな思いが胸をよぎるので、コメントすることにしたい。 私は大学時代、「障害者問題研究会」というサークルに入っていて、「障害者に生きる権利があるかないか」という命題をよく考えた。平和で裕福な家庭にすくすくと育った優等生たちは、何の迷いもなく「すべての人間に生きる権利がある」と答えるだろう。私も、そんな大学生だった。しかし、そうは答えない人もいる。今回の事件のあとツイッターを見ると、「障害者に生きている意味はないという意見には賛成」などの書き込みが、すぐに見つかる。人格的にいびつな場合はさておくとして、景気が悪くなると、医療・福祉に使われるお金に疑問を持つ人が増えることは通常である。生活保護費、1人親支援費なども取りざたされる。当然、障害者にかかる費用に疑念の声が出る。 社会が、自分で働けない人をどの程度養えるのかは、経済力によって決まる。その昔、口減らしのために、老人を山に捨てる、生まれた赤ん坊を殺す、ということは飢饉などが起これば当たり前に行われた。余裕がないために、生かせなかった命がたくさんあった。戦後の高度成長時代にはお金があまり、高齢者医療費が無料になるほど、余裕があった。しかしそれから数十年、低成長から無成長の時代に、高齢者の数が増え続け、医療・福祉

類人猿診断に思う

性格診断の1つの手法である「類人猿診断」を、リーダー研修のテーマに用いて取り組み、いろいろ興味を感じたので、感想を述べたい。 類人猿診断とは何か。問1.感情を表に出すか㋐、出さないか㋑。問2.物事を追求し成果を上げることを望むか㋐、安心・安定を維持することを望むか㋑。この、たった2つの問いに答えることで、すべての人を4つの類人猿に例えたタイプに分類する。問1.2.の順に、㋐㋐(感情を出し、成果を求める)はチンパンジー型。㋐㋑(感情を出し、安定を求める)はボノボ型。㋑㋐(感情を出さず、成果を求める)はオランウータン型。㋑㋑(感情を出さず、安定を求める)はゴリラ型、とのことである。 「感情を出すか出さないか」と「成果を求めるか安定を求めるか」とう2択は単純であるが、人の気質の中で際立った特徴として、比較的誰もが「自分はこうだ」と断定しやすく、たった4つの分類でありながら、血液型分類などに比較して自分のタイプに納得感を得やすい。よく考えたものだと感心した。 人がこの2つの問いに答える時、生まれ持った気質に沿って選択することになると思うが、いくつかの場合そうとは限らない。よくあることだが、本来は優しい内気な気質であるのに、長男として生まれ豪放磊落であることを求められ、自分をそのような人間だと思い込み育った場合。青年期になって実は自分の本質はそうでないことに気づく。気づく前はチンパンジー、あるいはオランウータンと診断するが、気づいたあとは、自分はボノボ、あるいはゴリラに近いと感じる、などが起こり得る。 また、気質の傾向は成長の過程で変化していく。成功体験、失敗体験が人を変えていく。おそら

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